01-00427 宮尾道三

さかいの人物じんぶつ

當津古來名譽めいよ人物じんぶつゑらんでこゝに載す

宮尾みやお道三だうさん

宮尾みやお道三だうさん今春こんはる及蓮きうれん家人けにん
に來て上源しやうげん町に住す
今春こんはる家傳かでんうたいなかより又一りううたひ出すにより宮尾流みやおりうとてに用ゆ
これのみならず利休りきうしたが茶道さだうたしな
此人のむすめすなはち利休りきうしつとなる
ある時短檠たんけいはしら持所もちところ手懸てがゝり燈心とうしんもたせける
これより後世こうせい室家いつかこのみしやうじける

今に見る宮尾道三

堺市立中央図書館/堺市史
堺市史 第七巻
第一編 人物誌
第二章 全盛期(足利時代より豐臣時代迄)

(一五三)宮尾道三
 【宮尾流】宮尾道三は今春及連の家僕で、堺に來つて上源町(櫛屋町東二丁三丁に當る所をいふ)に住し、今春の歌謠中から新たに一流を謳ひ出し、宮尾流の一派を立てた。又千利休に從ひ、茶湯にも通じた。【道三の女】其女も之を見習ふて、茶具の製作に意を用ひ、新たに發明するところもあつた。女は後利休の室となつたが、短檠の柱の持所の手懸に、燈心を持たせなどして時人に其作意を感ぜしめたといふ。(堺鑑下、全堺詳志卷之下)

【出典:ADEAC(アデアック)ディジタルアーカイブ/堺市立中央図書館/堺市史