鳳樹山金剛院興善寺

谷川興善寺
谷川村にあり 天台宗
初は文德帝の本願にして仁壽年中慈覺大師開創し給ふ也
佛殿
中尊 大日如來 左 藥師 右 釋迦佛 倶に慈覺大師の作なり
額 興善寺 黄檗恱山の筆 二重軒の間にかくる
不動堂
不動尊 千手観音 元三大師を安す
龍王社
池中にあり
鎭守
藏王権現 熊野権現 神明 愛宕 山王 八幡 御霊
石燈爐
堂前にあり 形 古雅也
勤メ曰 谷川莊興善寺 正平二十一年九月廿八日造ル 施主沙彌宗實とあり
これ則大納言宗實 南朝の㓛臣なり
樓門
四天王を前後の扉の内に安す
額 鳳樹山 普照獨湛の筆
當寺は元亀天正の兵燹に罹て伽藍及び記録等こと〱く焼失す
故に來由を詳にせず 幸に諸佛の像を蓮池に投て火災を免れたり
近來
専海といふ住侶本堂を建立して諸尊を安置す
今に見る鳳樹山金剛院興善寺
天台宗鳳樹山興善寺
興善寺の歴史
興善寺は仁寿二年(852年)第五十五代文徳天皇(在位850~858年)の勅願により、慈覚大師円仁が創建したと伝えられています。
寺伝によれば初めこの地に千数百年を経たる大楠木があり、その幹下の空洞に一人の行者が多年浄行をしていました。
里人は楠入道と称して病の者があれば祈祷して癒し、このことが遠近に伝わり、遂に天皇の耳にまで届きました。
天皇は勅を出され楠入道は参内し祈る事により、たちどころに御回復いたしました。
天皇は金吊を下さるという事でしたが楠入道はこれを辞退し「わたしの住んでる地にお堂を建て大日如来をおまつりすることが永年の願いでした。どうかこの願いを叶えてください。」と言い残し忽然と消えてしまいました。
天皇は楠入道の行方がわからない為、慈覚大師に当山開基の勅を出され、寺の地形が唐(現 中国)の長安(現 西安)にある大興善寺に似ていた事から、鳳樹山 興善寺の号を授けました。
創建当時は広大な寺領に七堂伽藍を構えていたと伝えられていますが、元亀天正(1570年頃)の兵火によって焼失、本尊は僧の手によって蓮池に投げ込まれ難を免れました。明暦元年(1655年)中興の祖 専海大僧都が紀州粉河寺よ
り興善寺へ来られ、元禄初期(1690年頃)再建され現在に至ります。
アクセス
南海本線「みさき公園駅」下車
コミュニティバス「ピアッツァ5」行きバス乗車
「極楽橋」バス停下車。
バス停より徒歩約10分。
住所 〒599-0311 大阪府泉南郡岬町多奈川谷川1460
電話番号 072-495-0001
FAX番号 072-496-7676
・本堂参拝する際は、一声お掛けください。
・団体参拝等、拝観の方は訪問する前にご連絡ください。
・ご祈祷などのお問い合わせもお気軽にどうぞ。
【出典:天台宗鳳樹山興善寺】
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