蛭子社

蛭子嶌
笑姿社
お鯛茶屋
戎嶋にあり
寛文四年八月波濤淼茫として一ツの嶋成ル
同十一月霊亀出る長四尺二寸幅四尺
同六年十二月蛭児の石像を海中に得たり人咸竒也とす
其時の刺史水野氏家々に命じて堤を築し石を畳て一周の嶋とし髙燈爐を揚て旅舟夜泊の目瞪とす
即石像を安置して嶋の名とし又霊亀を祠て弁財天と崇め此嶋の鎭守とす
観音堂
本尊は聖德太子の御作長弐尺五寸の立像也
堯織法印但馬國の窟より將來して一宇を建てこゝに安置す

戎嶋にあり
寛文四年八月波濤淼茫として一ツの嶋成ル
同十一月霊亀出る長四尺二寸幅四尺
同六年十二月蛭児の石像を海中に得たり人咸竒也とす
其時の刺史水野氏家々に命じて堤を築し石を畳て一周の嶋とし髙燈爐を揚て旅舟夜泊の目瞪とす
即石像を安置して嶋の名とし又霊亀を祠て弁財天と崇め此嶋の鎭守とす
本尊は聖德太子の御作長弐尺五寸の立像也
堯織法印但馬國の窟より將來して一宇を建てこゝに安置す