久米田戦塲
永禄三年二月畠山紀伊守髙政熊野根耒の地士法師を駈催して出張す
此時三好豊前守之康入道實休畿内の勢二万騎を卒して久米田に陣を布て数日畠山に對戦す
ある夜實休夢に和哥一首を得たり
草からす霜又けふの日にきへて因果はこゝにめくりきにけり
實休は先達而主君を弑す舎弟冬康これ凶夢とて添削を加ふ
因果とははるか車の輪の外にめくりも遠きみよしのゝ山
實休竟に防戦利あらずして三月五日流れ矢に中て死す後太平記
此時三好豊前守之康入道實休畿内の勢二万騎を卒して久米田に陣を布て数日畠山に對戦す
ある夜實休夢に和哥一首を得たり
草からす霜又けふの日にきへて因果はこゝにめくりきにけり
實休は先達而主君を弑す舎弟冬康これ凶夢とて添削を加ふ
因果とははるか車の輪の外にめくりも遠きみよしのゝ山
實休竟に防戦利あらずして三月五日流れ矢に中て死す後太平記